オットセイの急性胃拡張

野生生物疾患ジャーナル,32 (3),1995,pp.548-551
Ⓒ野生生物疾患協会 1995

北オットセイ(カロリナス・ウルシナス)における軸捻転を伴う急性胃拡張

S・フランカ,Jr.,ローレンス・ダン,&ハーバート・J・ヴァンクライニンゲン,
コネチカット大学病理生物学部ノースイースタン野生生物疾患研究所、0629-3089米国コネチカット州ストーズ、ミスティック海洋生物水族館、06355-1997 米国コネチカット州ミスティッククーガン通り55

要約
4歳の雌北オットセイ(カロリナス・ウルシナス)に軸捻転を伴う急性胃拡張が発現した。この動物は、1989年6月から1994年3月までミスティック海洋生物水族館で飼育され、屋外展示されていた(米国コネチカット州ミスティック)。我々は剖検で、胃を360°時計回り回転させ、腹背両面で見られた腸間膜軸に関して観察した。胃はガス、液体、及び部分的に消化された魚で顕著に膨張していた。胃の360°時計回りに回転に続き観察した脾臓はねじれた腸間膜と共に肥大しうっ血していた。これは、鰭脚亜目における軸捻転を伴う急性胃拡張が初めて報告された症例である。

急性胃拡張(AGD)はヒト及びその他の哺乳類で起こる(ヴァンクライニンゲンら、1974)、発生率の低い、生命を脅かす疾患であり、多量のガスと液体による胃の膨張、呼吸器及び心臓の障害、虚脱、及び死亡が特徴である(シュタインら、1981)。形態学的に異なる4つのAGDがあり、それらは、AGD、軸捻転を伴うAGD、破裂を伴うAGD、そして軸捻転及び破裂を伴うAGDである(ヴァンクライニンゲンら、1974)。原因には感受性の高い個体の相互作用、異常な胃、即座に発酵する飼料(ロゴルスキーとヴァンクライニンゲン、1978)、ガス産生性の胃内の細菌叢(ロゴルスキーとヴァンクライニンゲン、1978)がある。我々は、1989年から1994年3月までミスティック海洋生物水族館(米国)で飼育されていた、亜成体の雌北オットセイ(カロリナス・ウルシナス)における軸捻転を伴うAGDの診断について報告する。この動物は3年間にわたる異物消化、鼓腸に付随して起こる間欠的な軽度から中等度の腹部膨張、及び間欠性嘔吐の既往があった。我々の知る限りでは、これが鰭脚亜目における軸捻転を伴う急性胃拡張の初めての報告である。軸捻転は1頭のホッキョククジラ(Balaena mysticetus)(ハイデルとアルベルト、1994)及び捕獲された2頭のオーストラリアオットセイ(Arctocephalus pusillus doriferus)(レッダクリフ、1988)で報告されている。

対照動物は、屋外展示で同種と共に飼育されていた4歳で、29㎏、飼育下で生まれた雌の北オットセイであった(スポッテ、1980)。1日分の食料の配給量は2,8㎏の丸ごとの大西洋ニシン(clupenharengus harengus Linnaeus)、カラフトシシャモ(Mallotus villosus)、イカ(ロリゴペアリ)で、午前半ばと午後中ごろの2回に分けて与えられた。この動物は、食餌中に観察される中等度の胃の膨張が3回発生した(1990年8月、1991年1月、及び1992年6月)ことで強調された、3年間の間欠性嘔吐の既往がある。発症のたびに、室内プールで綿密に観察するために北オットセイを屋外から移動した。嘔吐も、調べた糞便の変調ももなく、毎回262mg次サリチル酸ビスマス(ガーディアン・ドラッグ株式会社、米国ニュージャージー州トレントン)と80mgのシメチコン(IDEインターステート社、米国ニューヨーク州アミティビル)をそれぞれ8時間毎に経口投与し、腹部膨張及び鼓腸はやや軽減した。毎回、尾ひれ足指間部から採血した血液の血液像及び血清生化学分析は、水族館での同種の基準値の範囲内であった。

この動物には落ちている物や水族館の客が展示場内に投げたものを飲み込む傾向があった。1993年の7月、X線撮影検査の準備において、麻酔導入及び維持としてイソフルラン(米国ウィスコンシン州マジソン、アナクエスト)を用い、麻酔チャンバー(ミスティック海洋生物水族館)に入れ吸入麻酔をかけた。麻酔導入は5%イソフルランにて5リッター/分で成功し、動物に7,5mm直径の気管内チューブで挿入を行った(ラシュ社、米国ジョージア州ドゥルース)。腹部X線撮影の結果、胃は前庭部と幽門にガスとコイン数枚があり中等度に膨張していた。静脈血検体の血液像、血清性化学分析、及び亜鉛と銅の分析(ダイアノスティック研究所、ニューヨーク州立獣医大学、ニューヨーク州イサカ)からは異常所見は発見されなかった。

動物はプールから回収される前に物体を嚥下し続け、嘔吐、鼓腸、そして泳ぐ形が異常となる症状の間欠的な発現が次の6カ月見られた。1994年1月、食道と胃の内視鏡検査に先立ち、動物に5mgのジアゼパム(ステリス研究所、米国アリゾナ州フェニックス)を表在殿筋に筋肉内前投与し、イソフルラン吸入にて麻酔を行った。胃の内視鏡検査では、粘膜の異常ならびに異物は見られなかった。

1994年3月4日の朝、通常の配給された餌を摂取した15時間後、プール(水温8℃)で動物が死亡しているのが発見された。死亡前、異常な姿勢や行動は観察されていなかった。死体は剖検まで4℃で保管された。動物が死亡しているのが発見されてから6時間後に剖検を行った。胃は顕著に膨張しており、長さ30㎝、幅18㎝であった。胸部内臓は頭側の胸部3分の1へ押し込まれていた。腹背両面から、十二指腸は胃の噴門と肝臓の間にあり、遠位の食道に絡まっていた。胃はなだらかに肥大しており剛性があった。胃の漿膜表面は滑らかで一様に血管が浮いた灰ー紫色であった。胃には多量のガス、液体、及び部分的に消化した魚やイカがあった。幽門内に測定すると直径2㎝のコインが7つあった。胃の粘膜は散在性に紫色となっていた。脾臓は肥大し、やわらかく、滑らかで、端が丸く腸間膜がねじれていた。胸部及び腹部の内臓組織検体は10%中性緩衝フォルマリン(スパルタン化学株式会社、米国オハイオ州トレド)で固定し、パラフィンに漬け3μmの切片に切り、ヘマトキシリン及びエオシンで染色した。

組織学的検査では、胃には粘膜固有層出血及び中等度の粘膜下浮腫を伴う顕著な粘膜うっ血が見られた。混在する細菌には、クロストリジウムsppに形態学的に一致した頑丈な四角の微生物が、分泌腺内腔及びまた粘膜表面に付着した摂取物の中に存在していた。脾臓は顕著に赤色髄のうっ血が見られた。肺うっ血及び肺水腫、副腎皮質出血、及び肝の充血も明らかであった。

軸捻転を伴う急性胃拡張は、元来多因子である(ヴァンクライニンゲンら、1974)。家畜に課された餌を与えるパターンが、AGDの発生を決定付ける重要な因子である。ウシ、ウマ、そしてイヌは日常的または間欠的に過剰摂取する動物であり、AGDのリスク増加にさらされている(ヴァンクライニンゲンら、1974)。大型犬では、大量の食糧の1日1回摂取より、慢性的に伸展し拡張すること、もしくは胃内容排出時間が遅くなることで、胃が機能不全を起こす傾向を与えるようである(ヴァンクライニンゲンら、1974)。

胃内容排出の遅延は、AGDが回復したイヌにおいて示されており、高い再発率の一因となっている可能性がある(ファンクイストとガーマー、1967)。水族館では食餌は監視されているものの、オットセイは配給を4から20時間の食間で素早く摂取する。

胃内の細菌叢の性質は、AGDにおいて重要な第2の因子である。クロストリジウムのようなガス産生性細菌が豊富な動物はAGDを発症しやすい傾向がある(ヴァンクライニンゲンら、1974)。今回の症例では胃の細菌学的培養は行っていないが、しかしながら形態学的にクロストリジウムsppと一致した、大きな四角い細菌が胃腺内及び胃の表面に存在した腹部膨張及び鼓腸の再発の既往は、この動物において長年に渡りガス産生性の胃内細菌叢が蓄積又は培養されたことの証拠である。

AGDの一因となっている3番目の因子は、食餌の発酵能である。家畜において、AGDは即座に消化される糖質を多く含む食餌の過剰摂取によるものとされる(ヴァンクライニンゲンら、1974)。これは今回の場合当てはまらなかった。オットセイは低糖質で高タンパクの魚とイカをまるごと、及び骨や軟骨、鱗、ヒレ、そして歯など動物の粗飼料を与えられていた。消化しやすい粗飼料は正常な胃腸運動性に対して重要なものであり(ヴァンクライニンゲンら、1987年)、この種の食餌自体がAGDの原因であったとは考えられない。脂肪分の高い食餌は胃内容排出を遅延させることがある(ボルト、1969年)。ニシン(clupen harengus)等の一部の魚は食餌の脂肪分を顕著に上昇させることがある(ストッダート、1968年)。

先行する胃疾患はさらなるAGDの原因因子である(ヴァンクライニンゲンら、1974年)。この症例において、腸膨張及び鼓腸再発が始まったことに関して、消化したコインが役割を担った可能性があることを容易に無視する事はできない。このような異物が、細菌の異常増殖と、引き続くガスの過剰産生を起こしながら、間欠的な流出障害及び胃内容排出の遅延に原因した可能性がある。X線撮影及び胃内視鏡検査による胃疾患は実証されなかった。しかしながら、胃内容排出及び幽門活動を評価するための造影剤を用いた機能試験は行わなかった。

この軸捻転を伴うAGDの症例は、間欠的な胃の機能不全及びガス産生性細菌叢の発生の結果起こった可能性が最も高かった。AGDが高タンパクで粗飼料の多い、又発酵性糖質が低い食餌を与えられた動物に発生するのはまれな事に思われた。にもかかわらず、このような食餌は細菌の豊富な増殖を助けるものだろう。この動物の胃粘膜に付着した摂取物における混在する細菌の存在が、このような可能性の証拠である。形態学的にクロストリジウムと一致する細菌が確認されたが、これらはその他の細菌種より数が少なかった。鼓腸を伴うむかつきと腹部膨張の発生は、おそらくコインに誘発されたか、もしくはイヌで見られたように、AGDの前駆症状であると解釈することができる(アンドリュース、1970年)。最も可能性が低いのは、胃に見つかったコインがAGDの直接の原因であるという事だ。消化管のコインは通常、ガスが通過するように過度に回転し、イヌまたは小児の胃のコインとAGD相関関係はない。この症例報告は、AGDの先行的な特徴がある鰭脚亜目の治療を行う人々が、予防的に食餌的、内科的処置が取れるよう喚起を促すはずである。(以下省略)



Journal of Wildlife Diseases, 32(3),1996,pp.548-551
Ⓒ Wildlife Disease Association 1996

Acute Gastric Dilatation with Volvulus in a Northern Fur Seal
(Callorhinus ursinus)







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